ふるさとおこしプロジェクト

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SAKU美SAKU楽

MAGAZINE ふるさと図鑑

真庭市/ひのき草木染織工房 加納容子

SAKU美SAKU楽|真庭市/ひのき草木染織工房 加納容子

【前編】
ふるさとの町並みを彩る
おもてなしの心で迎えるのれん

自然あふれる岡山県北エリアをめぐる観光列車「SAKU美SAKU楽」の車内に、カラフルなのれんがそよぐ。ひらひらと揺れるそのさまは涼やかで、観光列車ならではの風情を感じる。のれんのデザインから制作まで手掛けたのは、染織家の加納容子さん。生まれ育った岡山県真庭市勝山で、歴史ある町並みに豊かな表情をつくり出している。

丸く染め抜いた草木染めののれんが掛かる「ひのき草木染織工房」。

一枚のれんがきっかけ
城下町の町並みに新しい息吹

「SAKU美SAKU楽」ののれんが作られた「ひのき草木染織工房」を訪れたのは、霧雨の降る5月。江戸時代、出雲街道の宿場町として栄えた真庭市勝山は、1985(昭和60)年に岡山県で初めての「町並み保存地区」に指定された。加納さんの生家は祖父の代まで造り酒屋を営んでいたという。2023年で築259年を迎える酒蔵を改装したギャラリーには、藍や緋色など鮮やかな色彩に染められたのれんやスカーフなどが並んでいる。

ギャラリーでは絞り染めののれんや、草木染めのショールなどの小物のほか、器やガラスといった暮らしのアイテムも販売している。

加納さんは東京の美術大学で機織りを学んだ後、10年余り織物教室を主宰。29歳のときに酒屋を手伝うため故郷へUターンした。「お店や子育てをしながら、草木染めをするようになりました。ただ、染め物については専門的に習っていなかったので、自分で考案していったんです」。

タマネギやヒノキの皮、アカネなど自然にあるものを使って染める草木染め。優しい風合いが魅力。草木染は光や紫外線に日焼けには弱いため、屋外に設置するのれんには化学染料を使用することが多い。

30年前、加納さんが店先に掛けた一枚が「のれんの町」誕生のきっかけに。「当時はお酒の小売りをしていて、夜遅くてもお客さまが寄ってくださるように」と、ヒノキの皮で染めたのれんを表に出した。掲げられたのれんを見て近隣の人たちから「うちにも」と声がかかった。完成したのれんが点々と掲げられるようになり、さらに町内で話題になっていった。「観光目的というよりは、暮らしを楽しむために始まったんです」。

1996(平成8)年、住民らで「かつやま町並み保存事業を応援する会」が結成され、町にのれんを掛ける活動がスタート。のれんはそれぞれ自主的に掲げることとし、制作費の半分を行政が補助。新たに町内16軒にのれんが掛かり、「のれんの町」が誕生した。現在、保存地区の商店や民家100軒以上の軒先にカラフルなのれんが揺れる。

さまざまな色やデザイン
のれんがコミュニケーションツールに

連なる山、幾何学模様など、のれんの色やデザインは実にさまざま。どれも個性的で、デザインの由来を想像するのが楽しい。デザインは、加納さんが使い手に話を聞きながら決めていく。「皆さん、いろいろな想いやエピソードがあります。それをできるだけ忠実に受け止めて、布に表現していくのが私の仕事」と力を込める。

町にのれんが掛かるようになって、住民同士や観光客との交流も深まったという。「毎朝、お隣のおばあちゃんののれんの出し入れを手伝ったり、かかっていない場合は心配したり」。訪れた観光客にのれんのデザインを説明する住人も増えた。

「長い間やってくることができたのも、勝山の皆さんがのれんを掛け続けてくださっているおかげ」と加納さん。今年は、「空き家になったが、帰省時だけでものれんを掛けたい」という2軒からオーダーが入った。

3年ごとに更新される勝山ののれん。同じデザインを続ける家もあれば、まったく違うデザインを希望する家も。加納さんは「作り直すチャンスと捉えて、楽しんでいらっしゃる姿を見るのがうれしい」とほほ笑む。毎年20軒まで受け付け、2月の引き渡し式で一枚ずつ紹介される。そこで語られたストーリーは、住民から観光客へと伝えられる。

【後編】
スタッフで協力しながら
想いが込められたのれんを制作

工房では6月に開催されるのれん展に向けて作業が進められていた。現在のスタッフは5人。和気あいあいとした雰囲気が漂い、笑い声が響く。絞りや縫いなど、それぞれの作業に向き合っている。「ありがたいことに、うちは機織りも染めもできるスタッフが4人もそろっているんです」。工房では、出産後2カ月から1歳になるまで子どもを連れて出勤することが習わしとなっている。スタッフ全員でお守りをしながら、仕事に取り組む。一時期は3人の赤ん坊が工房にいたことも。「せっかく技術があるのだからもったいないですよね。工房としては技術のあるスタッフが休むことなく出勤してくれるありがたさもあります。みんなで見守る方が母親も安心でしょ」。

容子絞りは「ボンタン」という工房独自の愛称で呼ばれる詰め物を使って染色していく。近くで見るとカタカタとした輪郭線が味わい深く、立体感を生み出している。「デザインと見比べて『やっぱり出来上がったものの方がいいね』と言ってくださるのがうれしい」。

機織りや草木染めの講師も務める藤久一穂さん。経理や広報も担当している。

使い手の想いを形にし、オーダーメイドで作っていくのれん。工房では2000枚以上ののれんを制作してきた。デザインは自転車や農具など家業を表現するものであったり、自然の草木であったり、さまざまだ。デザインが決まったら、完成させる図柄をイメージしながら、模様部分を糸で縫い上げ、独自の絞り技法で染めていく。絞り方の強弱や縫い目の大きさ、幅でさまざまな表現ができ、単純な模様にも豊かな表情を生み出す。

3月に勝山へ移住し、メンバーに加わった菊地博子さん。

加納さんが独自で開発し命名した「容子絞り」は、大きな面積を大胆に染め抜くもので、ゆらめくような線と大胆な色使いが魅力。ほかにもスタッフが知恵を出し合い、さまざまな絞り方を工夫し、デザインの完成度を高める。「全国からいろんなオーダーがきます。そのおかげで、今までは試してこなかった新しい絞り方が生まれることも。それが面白いところですね」と教えてくれたのはスタッフの藤久一穂さん。加納さん自身30年やってきても、いまだに新しい発見があるのだという。

北川由香里さんは13年目のベテラン。「染色は奥深いです。イメージ通りの色や模様に染めるには長い経験が必要」と話す。

ようこそいらっしゃいました
おもてなしの心で

「のれんが揺れていると、『ようこそいらっしゃいました』と手招きしているみたいでしょう」と加納さん。布の持つ柔らかな風合いが気持ちにそっと寄り添い、温かく迎えてくれるように感じる。

「SAKU美SAKU楽」ののれんは、春に列車が岡山県北エリアをめぐる風景をイメージして制作された。車窓から見える桜や新緑の青葉、緑濃い山々――。乗車した人を歓迎し、美しき旅が思い出深いものになりますように。そんな想いの込められたのれんが、ふわり揺らめいている。

(2023年5月取材)

information

  • Studio Hinoki
    ひのき草木染織工房

    住所:岡山県真庭市勝山193[Google マップ
    最寄り駅:JR中国勝山駅
    TEL:0867-44-2013(営業時間内のみ)
    営業時間:10:00~17:00
    定休日:水曜日
    https://www.studiohinoki.com/

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