KATSUYAMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
株式会社 辻本店
岡山 真庭市勝山 | 辻本店
鮮やかに生き続ける
1804年創業の酒造所。
江戸時代、美作勝山藩の城下町として栄えた岡山県真庭市勝山。播磨と出雲の国を結ぶ出雲街道が通り、高瀬舟による旭川水運の拠点だったこの地で、1804(文化元)年、酒造りを始めたのが、辻本店だ。酒造りに適した米と旭川の伏流水、清冷な気候に恵まれ、美作勝山藩主に愛された『御前酒』をはじめ、しぼりまで手作業で行なう純米大吟醸酒、また現代の様式に合った日本酒などの製造を続ける。代表は七代目の辻総一郎さん。杜氏を務めるのは、総一郎さんの姉で、岡山県初の女性杜氏・辻麻衣子さんだ。
vol.1新米が入る初冬、
日本酒の仕込みが始まる。
こんもりと木々が茂る、丘のような小さな山を背景に立つ、江戸時代からの酒造りの蔵。その風景が、あまりにも絵になる。ここは、『御前酒』で知られる辻本店の酒蔵。岡山の『御前酒』と言えば、昭和生まれの岡山の人には、すぐにピンと来るCMがある。もっと若い世代には、酒蔵を改装したレストランやカフェのほうに馴染みがあるかもしれない。
訪れたのは12 月上旬。辻本店の約半数の酒の原料となる雄町米が蔵に届き、仕込みが一気に慌ただしくなる時期だ。雄町米は、岡山市の「雄町」の地名がつけられた米。この米が現在、全国で使用されるほとんどの酒造好適米のルーツであることは、地元の岡山でも、日本酒を飲まない人にはあまり知られていない。米の原生種のひとつで、粒が軟らかくて溶けやすく、濃醇な味の酒になるため、明治時代には酒米の最優良品種として全国で使われていたという。
酒の原料に最適な
岡山県産の雄町米。
辻本店の女性杜氏・辻麻衣子さんはこう話す。「雄町米は栽培が大変で、作付けのなくなった時代があったんです。それを『岡山の酒蔵は、雄町のお米を使わないといけん』と、『酒一筋』の利守酒造(赤磐)の蔵元が中心になって、種籾から一生懸命増やしたんです。うちでも、地元の良いお米でお酒を造りたいと、使う量を増やし、平成7(1995)年頃から雄町米の生産者と顔の見える関係を築いて、毎年、田圃にも行くようになりました」。
日本酒は、蒸した米と米麹と水を原料にして、アルコール発酵させたものだ。酒のラベルには「精米歩合」が書かれているが、「65%」という表示は、35%を糠(ぬか)として取り去り、真ん中の良いところだけを使っている。雄町米は割れやすいが、日本酒は最低でも70%くらいまでは削る。そうしなければ、酒に糠臭が出たり、雑味が多くなってしまう。辻本店ではこの時期、雄町米の新米を毎日1トン半という膨大な単位で蒸す。
酒の味を左右する
「麹」づくり。
「お酒の味の決め手となるのは、麹です。きちんと(米の)『蒸し』が出来れば、良い麹が出来て、良いお酒が出来ます。酒造りにはいろいろな工程がありますが、最初の段階でしっかりしておかないと、いくら頑張っても良いものが出来ないんです」と麻衣子さんは語る。蒸した米は機械で冷やし、蔵の2階にある「室(むろ)」と呼ばれる部屋に運ばれる。
その後の、麹を作る作業はすべて人の手による。蒸し上がって、約35℃まで冷やされた米を、「室」の中で広げていく。麻衣子さんは杜氏になるための修業中、こう教わったという。「米がひと粒ひと粒、バラバラになるくらい、ほぐして並べてください、と言われました。100kgのお米を1時間くらいかけてきれいに並べて、そこに種麹を儀式のように手で振りかけるんです。味の決め手となるものですから、室に入れるのは杜氏さんと2人くらいです」。週に3、4日、この作業を行ない、麹を発酵させるため約2日間、寝かせる。寝かせている間、何度も手でほぐして混ぜ、発酵を促す。室の気温は35℃近くになるので、真冬でも汗だくになる。
「これが2日間寝かせて出来たものです」と麻衣子さんが、麹を見せてくれる。爽やかな甘い香りが鼻腔に届く。「ほの甘い、蒸した栗のような香りで、我々は『栗香(くりか)』と言います」。この麹に酵素が含まれ、米のデンプンを糖分に変える力を持つ。麹が出来上がると、酒樽(現在はタンク)での仕込みが始まる。
目指す味に向けて微調整する
日本酒の「三段仕込み」。
雄町米を蒸し、種麹を振りかけて寝かせ、出来た「麹」。この麹と蒸米、水を混ぜ、酵母菌を入れて約2〜3週間発酵させ、酒の酛(もと)である酒母(しゅぼ)を造る。これ以前の工程は、江戸時代に建てられた蔵で行なうが、発酵のタンクが並ぶのは、昭和30年代に建て増しされた蔵。ここで日本酒の「三段仕込み」が行なわれる。
「三段仕込み」は、もろみの温度管理をしながら酵母の増殖を促す仕込みの方法で、糖化とアルコール発酵が同時に起こる。発酵の段階に名前が付けられていて、最初の段階が、酵母をゆっくりと増やす「添」。次の段階が「仲」、そして仕込みを完了させる「留」となる。タンクにかけるための、「添」、「仲」、「留」と書かれた札があるが、このほかに、「踊」の札がある。「踊」は、「添」と「仲」の間で、発酵をさらに促す段階のことだ。
「『踊』の段階は、青いバナナのような、爽やかな香りです。この時、すごく元気に踊っている時もあれば、シーンとしている時もあるんです。静かすぎる時は、次の仲仕込みのときに元気にしてみよう、と考えます。日本酒の作り方は、微調整が出来るんです」と麻衣子さん。
タンクの中から、発酵の「プチプチ」という微かな音がしている。日本酒は、米の種類や削り具合、使う酵母菌によって味わいを変えて、バリエーションをつける。酵母菌の種類によって、発酵時の香りも異なるそうだ。アルコール度数や甘辛度の目標値に向けて配合をするが、例えばその年に出来た米が溶けにくければ、水の量を減らすなどする。
毎年、まったく同じ味の酒を造ることは出来ず、また、「たとえば3つのタンクを仕込むと、それぞれで微妙に味は違うんです。目標数値にはある程度の幅がありますが、最終的には絞ったものを全部ブレンドして、均一化させてから貯蔵します。ブレンドすると良い方に引っ張られ、味が良くなります」。
(2018年12月取材)
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